私たちの日常にはモノがあふれている。
特に、私の部屋にはモノが多いという自覚がある。そんな私は、突如、部屋の掃除をしたくなる時がやってくる。大体、何かうまくいっていなくて、人生の流れを変えたいと思っているようなときにそう思うんだ。そういう時は、特に悩みもせずに、いらないと思ったものを処分することができる。もしかすると、人はモノの扱い方と自身の人生に何らかの関係を見出すところがあるのかもしれない。
「365日のシンプルライフ」の主人公ペトリは、モノに関する大胆で斬新な実験を始める。極端すぎる実験じゃないかと、目を疑ったが、ある意味、究極の方法で、自身とモノと人生について考える。
最近、日本でも「ミニマリスト」という言葉は流行っているように、モノと自分の人生について深く考え始める人が増えてきているのだと思います。「自分にとって、モノとは何か?」と考えさせられるフィンランド発ドキュメンタリー映画。
とにかく、アイディアが斬新だから、見てほしい!
この映画はこんな人に見てもらいたい!
・モノと人生について考えたい人
・ミニマリスト的生活に憧れている人
・北欧のドキュメンタリー映画に興味がある人
【目次】
作品詳細
「365日のシンプルライフ」(原題:TAVARATAIVAS)
2013年公開(フィンランド)
1時間22分
音声:フィンランド語
字幕:日本語
あらすじ
大量の「モノ」が家に散在している主人公のペトリ。モノがあふれた生活を懐疑的に思ったペトリは、恋人との別れをきっかけに、自分の持ち物を全て見直す驚くべき実験を行う。ルールは、以下、4つのみ。①自分の持ち物はすべて倉庫に預ける。②1日1個だけ倉庫から荷物を取り出すことができる。③1年間続ける。④1年間新しいものは買わない。
全てのモノを手放したペトリが365日続けた実験ののちに、「自分にとって、モノは何か?」という問いに対する答えを見出すことができるのだろうか。
登場人物
ペトリ・ルーッカイネン:主人公。監督、脚本も本人が担当。26歳のフィンランド人。恋人に振られたことを契機に、自分にとって本当に必要なモノを見極める究極の実験を実行する。
ペトリの友人や、弟、祖母なども登場。特に、祖母は、ペトリの相談役となる。
感想
斬新すぎる実験から目が離せない!
部屋にある荷物を1日1つずつ「捨てていく」なら、ありがちかなと思うけど、とりあえず、全部の荷物を倉庫に預けて、毎日1つだけ荷物を取り出す生活を1年間も行うなんて…前代未聞。正直、自分には、考えつかない方法で、非常に驚いた。
しかし、よく考えれば、1からモノを選んでいくほうが、大量のモノから捨てていくより、自身にとって本当に必要なモノを理解することができる方法であると感心した。
でも、もっと驚いたのは、1日目。部屋に何もないうえに、ペトリが裸であったことだ。
「え…?服もないの?」、「え…?雪道の中、そのまま倉庫に行くの?」とみている全員がツッコみを入れたことだろう。この実験は、自分の所有物は本当にすべて、倉庫に入れてしまうんだ。その徹底ぶりに、度肝を抜いた。
服もない状態から始めたら、365日は、ほんの一瞬で過ぎ去るのだろう、むしろ、欲しいものがありすぎて、365日は足りないのではないだろうかと思っていた。
下着、靴下、シャツ、ズボンなど、普段身に着けるものから手に入れたとしても、冷静に考えて、1か月がすぐに終わってしまいそうだからだ。
しかし、映画を見ていたら、どうやらそういうわけでもないらしい。壮大な実験を通して、モノと人とのあり方をペトリが体現してくれて、この映画は面白い。
シンプルを極めた映画
作品の作りも非常にシンプルだ。劇中歌は、フィンランドのジャズアーティスト、ティモ・ラッシーの楽曲を使用。これがシンプルな映画のアクセントになっている。絶妙のタイミングで流れて、カッコイイ。
ペトリ自身が、映像監督など本業としている人なので、映像の見せ方は、プロだ。自分の部屋や自分を映像に残す方法が、シンプルながら、美しく、はかない。モノがなくて、寂しい様子、モノに抵抗する様子など、言葉で多くを語らなくても、彼の映像から伝わってきたと感じる。
物資が少ない時代を生きてきたペトリのおばあちゃんの言葉
ペトリの相談役となるのは、ペトリのおばあちゃん。このおばあちゃんが、実にいい存在で、映画の重要なエッセンスとなっている。
戦後、貧しく、モノが少なかった時代を生き抜いてきたおばあちゃんだからこそ表現できる「モノと人生」に対する考え方がたくさん語られていました。
おばあちゃんが何を言ったかの詳細は、是非本編で見てほしいので、ここでは、あえて言及しないが、モノが溢れかえりすぎていることに疑問を感じている人やミニマリスト的な生活に憧れている人なんかは、非常に心に刺さる話が多いと思う。
自身にとって必要なモノとは?
ペトリのモノに対する感じ方は、劇中でよく変化するのだが、それは、モノを選ぶという行動を通じて、モノと自身の生活によく向き合っていたからだと感じた。モノを選ぶ葛藤にしても然り。自身にとってモノの存在価値や必要性は、自身が置かれている環境や、心境によって大きく変化する場合があると感じた。
ペトリの実のおばあちゃん、弟、友人たちがこの映画では、よく登場する。おばあちゃんはペトリの良き相談相手となり、弟や友人たちは、荷物の搬出作業など手伝ってくれる良き仲間である。「365日のシンプルライフ」は、強いテーマを持った非常にシンプルなドキュメンタリー映画ではあるが、ペトリの周りにいる人々の存在が、この映画をどこか脚本のあるドラマを見ているかのように感じさせるところがあり、見ていて不思議だった。
まとめ
たとえ、あなたがミニマリスト志向であろうがなかろうが、「自身にとって、モノとはどんな存在なんだろう」と鑑賞後、改めて感じさせられる映画である。
一連のコロナ騒動で、私は家にいる期間が長くなったし、モノに向き合う気持ちの余裕が少しできたと思う。モノが多い私の部屋とも向き合ってみようかなと思う次第です。
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